『長崎手帖』をよむ

 昭和30年の年の暮れ、長崎に小さな冊子が誕生した。B6サイズ、横開き、表紙含め16ページ。その名も『長崎手帖』だ。創刊の言葉は、こんなふうに綴られている。


 こんど、こんな小さい手帖をだすことにしました。長崎のさまざまな味と色と匂を、こぼれるようにもりたいと思つています。

 世の中が、つまればつまる程、なぜかユーモアがほしくなり、カサカサした生活に、すこしでもうるおいを持たせることが出来たらというのが、私のささやかな願いです。

 薄つぺらなものですが、毎月だして行きたいと思つています。

 もし、この手帖の中のどこかが微笑をさそい、ひとつの話題となり、そしてひとときの憩いとなることが出来れば、この上もないことです。

 

 小さな「手帖」は、昭和42年までに全部で40冊が発行された。「長崎のさまざまな味と色と匂を、こぼれるようにもりたい」の言葉通り、長崎の町の風景や昔の話、エッセイ、写真、歴史散歩、自然探訪、おいしいもの、変わった飲み屋さんのエピソード、世相についてのおじさんのぼやき、忘れられそうな言葉……などなど、ページのどこを開いても「さまざま」な長崎があふれんばかりだ。1冊1冊は小さくて薄いけれど、足かけ12年、40冊が集まると、読みごたえはじゅうぶん。ちょうど中央公民館の講座の依頼があったので、全6回で読んでみることにした。

(色とりどりの『長崎手帖』。私が持っているのはスキャンしたデータで、実物は2冊しか持っていない。古書店で1冊1000円ほどで売られているが、初期のものは長崎市立図書館にも入っていない。全冊揃いだと4万円ほど。これは、マッチラベルなど長崎の古いものコレクターでもある古田紗織さんのコレクション。右側の2冊は公式バインダー)


 1冊ずつ読んでいては到底終わらないので、6回それぞれにテーマを決めた。


1 『長崎手帖』とその時代

2 ふだんを見つめる

3 身近なむかし

4 読者とともに

5 変わりゆく町

6 また会う日まで


 私自身も全部読んで臨んだわけではない、見切り発車の「よむ」講座だったが、汲めども尽きぬ『手帖』のおもしろさに、受講生のみなさんも、なにより私自身が夢中になった全6回だった。編集から営業、配本までをひとりで負っていた発行人の田栗奎作なる人物の魅力にも、じわじわと引き込まれた。

 表面的には長崎のことが書かれているけれど、ここには「もはや戦後ではない」と高度成長期を突っ走った時代に存在した、ささやかな抵抗やためらい、時の流れや戦争で失われた大切なものを思い出すこと、それをできる範囲でいいから取り留めておきたい気持ち……などが感じられてならない。

 いつか復刻そして講座の書籍化をしたい!と願っている。


下妻みどり

writer nagasaki